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2017年10月31日、座間市のアパート9人殺害事件がありましたね。かなり衝撃的な事件でした。この事件をきっかけに「なぜ人を殺してはいけないのか?そして、今後このような事件が起きないために何をすべきか」的な考えをまとめてみました。










座間市の事件に対する率直な意見


今回の事件の被害者のように、もともと「死にたい」と思っている人って案外多いです。「死にたい」とは思うけどなかなかその勇気を踏み出せない、そんな人たちもいます。今回の事件の犯人は、そんな被害者たちの心理に付け込んで犯行を実行したわけですね。


その結果、

容疑者は人を殺したい→人を殺せた
被害者は死にたい→死ねた


ぼくは思うわけです。

これ結果的にwin winじゃね?

正直な話、加害者はまだまともだと思いました。だって、
いきなり無差別に人殺すようなキチガイとか世の中たくさんいるじゃないですか。今回の犯人は、こんだけ狂気じみたこのやってるのに、普通の人達(自殺志願者じゃない人)を殺してないんですよ。

今回の被害者のように、自殺志願者が死にたいと思ってて、そういう人達が結果的に死ねたんですから幸せですよね?   
 

なぜ人を殺してはいけないのか


そもそもなぜ、人を殺してはいけないんでしょうか?

産婦人科医は胎児を人間未満として何人殺しても罰せられる事はありません。刑務官は冤罪だろうが何だろうが構わず死刑囚を殺して国から給料を貰っています。



あれ、人殺しって犯罪じゃなかったっけ?

僕たちは小さなころから「人を殺してはいけない」という教育を受けて育ちました。しかし、僕たちの国では人を殺してメシを食べている人たちが一定数存在していることも事実です。


人殺しも善い悪いがあるんですかね?
その善悪なんてものも、人それぞれの価値観であってとても曖昧なものです。なぜ他人の価値観に振り回されなきゃいけないんですかね?
 

善悪の区別や重さなんて、その時代の権力者が勝手な基準を作り、考えるのが面倒くさい人達がそれに従い常識になるんです。


赤の他人が勝手に決めた常識を、自分の人生の基準にする事になんの意味があるんでしょうか?
                      
自由な人生を手に入れる教科書: お金・時間・場所 あらゆる束縛がなくなる

死にたい人間を殺しちゃいけない理由なんてわからないですよね。そりゃ、人殺しを合法化したら国はめちゃくちゃになりますけど、既に国内の一部で合法化されてます。

死にたい人間を殺してあげることと、おなかが減っている人にご飯を提供することって同じじゃないですか?

合法的に人を殺せるようにすれば解決





今回の事件の加害者はある意味人助けをしたんだと思います。ただ、結果はどうであれ、死に方は自殺ではなく殺害なんで被害者の注文通りの死に方ではなかったですね。

確かに被害者は殺されたい訳ではなかったのかもしれません。結果的に被害者は死ねたんですが、
自分の死に方くらい自分で決めたいですよね。(まぁ死に方を自分で決めるなんて超贅沢な話しなんですけど)
           
そこで、死にたい人がもっと楽に死ねるように1つ考えました。

それは、
合法的に人殺しができる仕組みを作ることです。

たとえば病院で安楽死できるようにしたり、自殺志願者の中で孤独死が嫌な人同士集めて一緒に死ねるようにしたり。自殺志願者何人か集めたら恐怖も多少和らぎますよね?


安楽死でも首吊りでも、
死に方を本人が選べれる社会にすればいいんじゃないかと思うわけです。 


賛否両論あると思いますが、僕はこうやって人殺しの事件になるよりは、100倍マシだと思います。
自殺志願者には説得してやめさせるのがいいのかもしれませんけどどうせ説得したところで自殺しますよね。

親に「ゲームやめなさい」って言われた子供がゲームをやめるでしょうか?
親が寝たらゲームしますよ。それと一緒でムダなんですよ。その人の人生ですし、本人が死にたきゃ勝手に死ねばいいんです。


僕はこの制度を一刻も早く作ってほしいですね。